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第514回 『多様性ある居場所』〜 小さなことに 大きな愛を込める 〜
2026年8月1日 『ひばりが丘駅 ―> 池袋駅 ―> 東京駅 ―> 新大阪駅 ―> 住吉駅』から 神戸薬科大学の横山郁子先生 主催の【第67回がん哲学学校 in 神戸 メデイカル・カフェ】(兵庫県神戸市東灘区住吉宮町 神戸薬科大学 地域連携サテライトセンターに於いて)での講演『いい覚悟で生きる 〜 無くてよいものに縛られるな 〜』に赴いた。 住吉駅には、神戸薬科大学の学生さんが迎えに来て下さった。 学生さんの真摯な対応には 大いに感激した。 『科学的素養を身につけ 薬剤師資格を得て 社会で自立し、社会に貢献できる人材』となろう! 会場は、多数の参加者であった。 京都、大阪からも参加されていた。 横山郁子先生の司会で、会場からは複数の質問も寄せられた。 まさに『神戸のハイジ & チャウチャウ犬(横山郁子)』先生の心温まるおもてなしには、ただただ感服する。 講演後、グループに別れ『メディカル・カフェ』が持たれた。 筆者は、別室で5組の個人面談の機会が与えられた。 大変貴重な時となった。 2025年7月5日 神戸薬科大学の横山郁子先生

樋野 興夫先生
5 日前読了時間: 2分


第513回 『その日その日の格言』〜『一日の精神的食料』〜
2026年7月28日早朝 2002年12月18日盛岡での講演に参上した時に頂いた 新渡戸稲造『一日一言』(2002年10月15日 財団法人新渡戸基金発行)を再読した。 【『一日一言』の初版は大正4(1915)年2月、実業之日本社から出版された。新渡戸稲造が東京女子大学の初代学長に就任、国際連盟事務次長に転じて、 任期を終えた時期の昭和元(1926)年までに84版を重ねるロングセラーとして 国民の間に愛された本である。 財団法人新渡戸基金は平成14(2002)年、新渡戸稲造生誕140年を迎え、翌年は博士没後70年という節目の年にあたり、『一日一言』を復刊した。(一部現代語に手直し)】とHPでは紹介されている。 『序 新渡戸稲造』には、 【その日その日の教訓になる格言を聞いて、一日の精神的食料に供することは誰人にも望ましき事であって、外国においては種々な形において行われている。 わが国においても、近来この目的をもって世に公にされた書物は少なくない。 我輩も数年以前より、自分の助けとなった格言を集めて世にわかちあいたいと望んでいたが、暇なきた

樋野 興夫先生
7月29日読了時間: 2分


第512回 『尊重する繋がり』〜 心遣い 口説き 説得 〜
筆者は 2026年7月24日病理医として 定例の『病理組織診断業務』を行った。その後、池袋の東武デパート7F のスターバックスで、台湾から来日中の農学博士 王良原(OH RYOGEN)先生と面談した。 『新渡戸稲造(1862-1933)と台湾の繋がり』がテーマとなった。 【新渡戸稲造は台湾では『台湾糖業の父』とよばれており、台湾の高雄市内にその偉業を讃えて銅像が建てられました。】と謳われている。 台湾で、公開シンポジウム【新渡戸稲造と台湾の繋がり】が、企画される予感がする。 【第4代台湾総督の児玉源太郎(1852 - 1906)と民政長官の後藤新平(1857 - 1929)は、植民政策の中心を産業振興に置き、その中心に糖業奨励を推進することにして、台湾に新式製糖会社を設立することを企画した。 その立役者になったのが、旧5千円札(添付)に肖像が描かれていた新渡戸稲造である。】 まさに『住民の利益を尊重する』が、『新渡戸稲造の精神』であろう! 【新渡戸稲造は、岩手県盛岡に武士の子として生まれ、札幌農学校二期生として入学している。 同級生には広井勇、内

樋野 興夫先生
7月25日読了時間: 2分
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