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第470回 『一粒の麦』〜 着実に成長 〜
2026年1月8日、Wife は『英会話レッスン』を自宅でスタートした。 今回は、【Lesson 1 - Greetings and Self-introduction】であったとのことである。 Wifeは、大変喜んでいた。 早速、生徒の 『宇宙人美女3姉妹』 から、心温まる励ましのメールが届いた。(下記) 【お世話になりました。これからも楽しくレッスンが出来そうです。 & 英語とても良かったです。 おもてなしの賜物 大変感謝申し上げます。 次回までに 今日の学びを忘れないように頑張ります。 & 英会話、とてもわかりやすく、丁寧で感謝です。 頭もお腹も大満足! 落ちこぼれないように、しっかり予習と復習ですね。】 大いに感動した。 『あなたのパンを水の上に投げよ。 ずっと後の日になって、あなたはそれを見いだそう。』( 伝道者の書 11章1節)の復学である。 ニュースレター『宇宙人美女3姉妹の 英会話レッスン 』を発行される予感がする。 実現したら、歴史的快挙となろう! まさに、『愛に溢れた雰囲気 』で、【『アルプスの少女ハイ

樋野 興夫先生
1月9日読了時間: 2分


第469回 人生は 階段を上る如く 〜. 連続性の成長 〜
2025年1月5日は、仕事始めである。 新渡戸稲造記念センターから、順天堂大学での賀詞交歓会に赴いた。 時の経つのは、早いものである。 まさに、一年は『365の階段』である。 筆者は『がん哲学外来・カフェ』では、何時も【伊香保温泉街の『365の石段』を述べ、『人生は 階段を上る如く 不連続の連続性の成長』】とさりげなく語る。 筆者は医師になり、1979年 癌研究会癌研究所の病理部に入った。 そして、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター (1984~1985:ニューヨーク)、米国フォクスチェース癌センター (1989~1991:フィラデルフィア)、癌研究会癌研究所実験病理部部長 (1991~2004)、順天堂大学医学部第二病理(現:病理・腫瘍学)教授 (2003~2019)、2019年から、順天堂大学名誉教授と新渡戸稲造記念センター 長を仰せつかっている。『不思議な時の流れ』を痛感する日々である。 筆者は、癌研究会癌研究所実験病理部部長の時代、今は亡き原田明夫氏 (1939~2017:元検事総長・東京女子大学前理事長)と【2000年『新渡戸

樋野 興夫先生
1月7日読了時間: 2分
第468回 天国でカフェを開催 〜 『人の心に 永遠を思う 思いを授けられた』 〜
2025の年末である。 時の経つのは、早いものである。 昨年( 2024年) の年末 は、 アメリカ ワシントン州に住む娘夫妻を Wife と訪問したのが 懐かしい想い出である。 12月29日は、 【現在では人口34名、60%の空き家の 故郷】の 島根県出雲市大社町鵜峠(うど) から姉(1951年10月2 日生まれ) が上京し、羽田空港にWifeと向かえに 行った。 筆者の 母【樋野壽子(1923年2月20日〜2019年6月3日)】は、無医村の鵜峠の自宅に於いて、安らかに 96歳の天寿を全うした 。 葬儀では、筆者は、喪主として、『天寿を全うし、地上の長い旅路を歩み、様々の責任を全うし、召された母に 深い敬意を払います』と挨拶をした。 筆者の父【樋野廉平(1921年1月24日〜2013年5月5日)】は婿養子で、貨物船やタンカーの機関長であった。 父も鵜峠の自宅で92歳で逝去した。『地上で故人の遺志を受け継ぎ 天国でカフェを開催する』のが、筆者の大きな夢である。 そもそも筆者の名前は、息子を太平洋戦争でなくした祖父【樋野卓郎(1888年11

樋野 興夫先生
1月3日読了時間: 2分
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