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第461回 『性質の異なった者を 容れる雅量を持つ』 〜 役割意識と使命感の自覚 〜
今朝 (2025年12月1日) 、 自宅から『雪の積もる富士山 (3776m) 』を眺め大 いに 心が慰められた。 筆者の 誕生(島根県出雲市大社町鵜峠での1954年3月7日)の年の母の元旦の夢が『富士山』であり、幼児の時から 『富士山子』 と励まされたものである。 子供時代、お寺の紙芝居で『鬼ケ島遠征の物語』をよく聞かされたものである。 『挑太郎』は『犬・雉・猿』という性質の違った【犬猿の仲】をまとめあげた。 世に処する人は『性質の異なった者を 容れるだけの雅量を持たなければならない』と新渡戸稲造(1862-1933)は『世渡りの道』(1912年)は述べている。 母は、島根県出雲市大社町鵜峠の自宅に於いて、96歳(1923年2月20日〜2019年6月3日)の天寿を全うした。 母の兄達は、太平洋戦争で戦死し、末っ子の母が我が家を継いだ。 そして、祖父から、『家を興(おこ)す=樋野興夫=ひのおきお=Origin of Fire』と命名された。 鵜峠は、無医村で小学校も中学校も廃校になった。 現在では人口34名、60%の空き家である。...

樋野 興夫先生
2025年12月8日読了時間: 2分


第460回 【真の国際化】 〜 賢明な寛容さ & 大切な理念 〜
2025年11月19日 wifeと 来日中の アメリカ ワシントン州と ミシガン州 に 在住の 娘家族と10人で『東京ディズニーランド』 (Tokyo Disneyland) ( 千葉県浦安市舞浜)に赴いた(添付)。 『小さな世界(It's a Small World/イッツ・ア・スモール・ワールド)』を拝聴し、まさに、『バランスを取りながら 共存する』の復学である! 11月20日は、新渡戸稲造記念センターから1918年開学の東京女子大学に向かった。 女子教育に大いなる理解を示した新渡戸稲造(1862〜1933)は、東京女子大学 初代学長である。 1920年には 国際連盟事務次長に就任している。 最近、色々な学校で【 真の国際化】が話題となる。 1933年3月3日に 三陸で地震の大災害があったと記されている。 その時、 新渡戸稲造は 被災地 宮古市等沿岸部を視察したとのことである。その惨状を目の当たりにした新渡戸稲造は「Union is Power」(協調・協力こそが力なり)と当時の青年に語ったと言われている。 これが、【『東京女子大学の教育

樋野 興夫先生
2025年11月22日読了時間: 2分


第459回 『未来への懸け橋』 〜 深い哲学 & 広い教養 & 清々しい胆力 〜
2025年11月17日 柴又での 飯田智子 氏の主催『 寅さんメディカルカフェ リアルおしゃべりCafé』に赴く(添付)。 飯田智子 氏には、『リサーチナース』として順天堂大順天堂医院『アスベスト・中皮腫外来』を担当して頂いたものである。 『偉大なるお節介症候群』も授与されている(添付)。 筆者は、癌研から順天堂大教授に赴任し(2003年)、2005年、クボタショックの年、順天堂医院で、『アスベスト・中皮腫 外来』を開設する機会が与えられた『(毎日新聞「ひと」欄(2005年9月8日)(永山悦子記者)』。【『中皮腫』の発症前診断・早期発見を目的として、『中皮腫診断キット』の開発と『中皮腫』患者とその家族の精神的ケアをも考慮した『がん哲学外来』を取り入れた診療体系の確立を目指した。】 『リサーチナース』の役割は、【アスベスト・中皮腫外来の初診・再診の受付を電話で行い、アスベスト外来への質問やお問い合わせ、受診方法についても電話や対面でお答えしています。 他院からの紹介や企業診断受付、一次検診は、医療連携室や医事課と連携して対応し、当日は、医師、当

樋野 興夫先生
2025年11月20日読了時間: 2分
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