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第135回 「The Miracle Worker」 〜 何かはできる 〜

執筆者の写真: 樋野 興夫先生樋野 興夫先生

 新渡戸稲造記念センターでの有意義な面談を終えて、順天堂大学での「第87回 アスベスト中皮腫外来 推進委員会」向かった。 大変、有意義な貴重な会であった。 「アスベスト中皮腫外来」は、順天堂大学病院の呼吸器外科外来で、2005年から開始し、現在までに、初診、再診で7000人以上の受診である。 継続の大切さを 痛感する日々である。 病理医である筆者も、開設当時は、外来に出向いて、受診者の問診を担当した。 筆者は、病理学者として「遺伝性腎がんラット(Eker rat)」の原因遺伝子を探す研究を続けてきた。 そして、その遺伝子が、正常中皮細胞に発現しおり、アスベストが原因で生ずる中皮腫の患者の血液で上昇することが判明した。 丁度その時(2005年)、クボタショックが起こった。 順天堂大学で、我が国で最初の「中皮腫外来」を開設した。 患者の問診をした経験が「がん哲学外来」(2008年)に結びついた。 「アスベスト中皮腫外来」は筆者の原点でもある。


「環境問題のバイブル」と言われる、アメリカの海洋生物学者:レイチェル・カーソン(Rachel Carson 1907-1964)の『沈黙の春(Silent Spring)』(1962年)の日本語訳は、戦後初代東大総長であった南原繁(1889-1974)のご長男:南原実 氏(1930-2013よって出版されている(青樹梁一 というペンネームの為に知る人ぞ知る)。 筆者は、南原繁 没30周年記念事業でスタートした『南原繁研究会』(2004年) 以来、南原実 氏とは 毎年、wifeと一緒にお逢いして、夕食をしながら、親しい深い学びの時が与えられたものである。 まさに、私にとっては『未来に生きる君たちに』(南原実)の貴重な得難い「人生の特別ゼミナール」の時間であった。


今週、ヘレン・アダムス・ケラー(Helen Adams Keller、1880-1968)が、鮮明に蘇ってきた。 3重苦(聴力、視力、言葉を失う)を背負いながらも、世界各地を歴訪し教育・福祉に尽くした。「ヘレン・ケラーは、2歳の時に高熱にかかり、聴力、視力、言葉を失い、話すことさえ出来なくなった。 両親から躾けを受けることの出来ない状態となり、家庭教師として派遣されてきたのが、当時20歳のアン・サリヴァン (1866 -1936) であった。 サリヴァンはその後約50年にも渡って、よき教師として、そして友人として、ヘレンを支えていくことになる」。 ヘレンとサリヴァンの半生は『The Miracle Worker』(日本語『奇跡の人』)として映画化されている。 英語の『「The Miracle Worker」には「(何かに対して働きかけて)奇跡を起こす人」といった意味』とのことである。 ヘレン・ケラーが「人生の眼」を開かれたのは「いのちの言葉」との出会いである。 学びは、『I am only one, but still I am one. I cannot do everything, but still I can do something; And because I cannot do everything I will not refuse to do the something that I can do.「私は一人の人間に過ぎないが、一人の人間ではある。何もかもできるわけではないが、何かはできる。だから、何もかもはできなくても、できることを できないと 拒みはしない」』(ヘレン・ケラー)の復習の時であった。

 
 
 

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