2023年8月31日、筆者の故郷の島根県出雲市大社町鵜峠(うど)の写真が送られてきた(添付)。『聴かせてケロッ!!ケロッとカフェ』代表の原田詠子氏から【先日、ケロッとカフェスタッフが、樋野興夫先生の故郷を訪れて写真を送って下さいました。】(添付)とメールを頂いた。 大いに感動した。 スタッフは、『横浜市磯子9月23日の会の司会進行をする斎藤信二さんです。』(添付)とのことである。ただただ感謝である。 現在の鵜峠は、人口37名(在住の家は、25軒家)であるとのことである。
712年に編纂された『古事記』に登場する、医療の原点を教えてくれる大国主命の出雲大社から、8キロほど、峠を越えて美しい日本海に面した小さな村(添付)が、筆者の生まれ育った鵜峠である。 隣の鷺浦(さぎうら)地区と合わせて、鵜鷺(うさぎ)と呼ばれている。 713年に編纂が命じられたという『出雲国風土記』にも登場する歴史ある地である。 今は、鵜鷺小学校も鵜鷺中学校も廃校になった。 筆者が、鵜鷺小学生の卒業式で聴いた『ボーイズ・ビー・アンビシャス』(boys be ambitious)(1877年 札幌農学校のクラーク博士:1826-1886の言葉)が、『人生の原点』になるとは不思議な出会いである! 札幌農学校におけるクラーク博士の精神が、内村鑑三(1861-1930)・新渡戸稲造(1862-1933)へと導かれ、英文で書かれた『代表的日本人』(内村鑑三著;1908年)と『武士道』(新渡戸稲造著;1889年)は、若き日からの座右の書となった。 2007年から 新渡戸稲造著『武士道』(矢内原忠雄訳)と 内村鑑三著『代表的日本人』(鈴木範久訳)の読書会を、毎月交互に開催している。 そして、南原繁(1889-1974)と 矢内原忠雄(1893-1961)へと繋がって行った。 日々勉強である!
筆者は、2003年に著書『われ21世紀の新渡戸とならん』発行した。 それが、2004年 南原繁研究会のスタートと繋がった。 現在、3代目代表を仰せつかった。今年、『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年発行)出版20周年記念として、新刊【『教養を深め、時代を読む〜楕円形の心〜』】が出版された(to be出版、2023年8月31日)(添付)。 本当に驚きである。『Mission & Concept & Vision』は『人知・思いを超えて進展する』ことを痛感する日々である。
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