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執筆者の写真樋野 興夫先生

第325回 『対話と寄り添い』 〜 継続的な読書 〜


 2024年1月25日、南原繁研究会企画委員にzoom参加した。 筆者は、現在、2004年にスタートした南原繁研究会の3代目の代表を仰せつかっている。 今年は、11月4日、学士会館で『南原繁シンポジウム』が開催される。 今回は、『南原繁研究会創立20周年 & 南原繁没後50周年』である。

 

南原繁(1889-1974)は、内村鑑三(1861-1930)と新渡戸稲造(1862-1933)から大きな影響を受けた。 新渡戸稲造は、日露戦争後7年間、第一高等学校の校長を務めているが、南原繁は新渡戸稲造校長時代の第一高等学校で学び、影響を受けた。 第一高等学校時代、南原繁は『聖書之研究』を読み始め、東大法学部に入学後、内村鑑三の聖書講義に出席するようになった。 東大卒業後の南原繁は、内務官僚から学者に転進し、ヨーロッパ留学を経て東大教授となり、政治学史を担当、『政治哲学』を深めていき重要な著作を発表する。 戦後、東大総長に就任し、国家の再建を呼びかけ、戦後改革の理想を掲げ、ことに『教育改革』に主導的役割を果して行く。

 

筆者は、南原繁が東大総長時代の法学部と医学部の学生であった二人の恩師から、南原繁の風貌、人となりを『浪人時代』&『癌研時代』に直接うかがうことが出来た。 そして、内村鑑三と新渡戸稲造へと導かれ、英文で書かれた『代表的日本人』(内村鑑三著;1908年)と『武士道』(新渡戸稲造著;1889年)は、若き日からの座右の書となった。『代表的日本人』と『武士道』の読書会は、Christian Academy in Japan(CAJ)キャンパスで2007年に始め 今でも毎月交互に行なっている。『人生の邂逅の非連続性の連続性』を実感する。

 

1月21日 多数の参加者があった【『小岩メディカルカフェみちくさ』開設記念会『がん哲学外来 樋野興夫先生 講演会 + 小岩メディカルカフェみちくさ』(小岩栄光キリスト教会に於いて)】を企画された『救世軍清瀬病院』チャプレンの野口恵子氏から、6月2日の第8回医療部講演会『病むこと 老いること 対話と寄り添い』(救世軍清瀬病院に於いて)のチラシ(添付)が、1月25日送られて来た。 大いに感動した。



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