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第344回 『教育の真髄』〜 役割意識と使命感の自覚へと導く 〜

 2024年4月9日 筆者は、2004年にスタートした『南原繁研究会』の3代目の代表を仰せつかっている『南原繁研究会』のZoom幹事会に出席した。【8月31日 第13回研究発表会『南原繁研究会の20年の活動をふりかえって(仮題)を含む』、10月19日 東京大学ホームカミングデイ『香川県立三本松高校創立70周年記念南原繁講演『我らの歩んだ道』を踏まえて、南原繁の政治哲学と宗教観について講演を行う』、11月4日『第21回南原繁シンポジウム』、『2024年の本の発行計画』】について話し合われた。 大変有意義な幹事会であった。

 

南原繁(1889-1974)は、内村鑑三(1861-1930)と新渡戸稲造(1862-1933)から大きな影響を受けた。 南原繁は新渡戸稲造校長時代の一高で学び、一高時代、南原繁は『聖書之研究』を読み始め、東大法学部に入学後、内村鑑三の聖書講義に出席するようになった。 東大卒業後の南原繁は、内務官僚から学者に転進し、ヨーロッパ留学を経て東大教授となり、政治学史を担当、政治哲学を深めていき重要な著作を発表する。 1945年3月10日の東京大空襲の前日に法学部長に就任、日本の敗色濃厚となった中で、法学部の有力教授たちと終戦工作を相談し、重臣らと接触した。 そして戦後、東大総長に就任、国家の再建を呼びかけ、戦後改革の理想を掲げて、ことに教育改革に主導的役割を果して行く。

 

筆者は、南原繁が東大総長時代の法学部と医学部の学生であった二人の恩師(添付)から、南原繁の風貌、人となりを直接うかがうことが出来た。 南原繁は、『高度な専門知識と幅広い教養』を兼ね備え『視野狭窄にならず、複眼の思考を持ち、教養を深め、時代を読む
具眼の士』と教わったものである。 

 

【『人間の知恵と洞察とともに、自由にして勇気ある行動』】(南原繁著の『新渡戸稲造先生』より)という文章が鮮明に思い出される今日この頃である。『教育の真髄=役割意識と使命感の自覚へと導く』を痛感する日々である!

 

何時か、『内村鑑三、新渡戸稲造、南原繁』らと『天国でカフェ』を開きたいものである(添付)。『冗談を本気でする胆力の修練』ともなろう!




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