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第474回 『言葉の処方箋』〜 役割 & 使命の気付き 〜

 2026年1月25日 wifeとChristian Academy in Japan (CAJ)にあるKBF(Kurume Bible Fellowship)に赴いた。 今回は、【『初めに、ことばがあった。』(ヨハネの福音書1章1節) &『ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。』(ヨハネの福音書1章14節)】の復習となった。

 

筆者が 聖書を読んだ最初の箇所は『ヨハネの福音書 第1章1節』の『初めに、ことばがあった』である。 京都での浪人時代、予備校の英語の先生(牧師でもあった)から聞いたものである。 その先生が東京大学法学部の学生時代の総長が南原繁 (1889-1974)である。 そして、南原繁の恩師である『内村鑑三(1861-1930)・新渡戸稲造(1862-1933)』へと繋がった。 札幌農学校を率いたウィリアム・クラーク(1826-1886)精神が内村鑑三、新渡戸稲造、南原繁、矢内原忠雄(1893-1961)を生んだ。『言葉の処方箋の原点』である(添付)。

 

筆者は、講演会で、『なぜ、がん哲学外来を始められたのですか?』と質問される。 その時、【2005年、いわゆる『クボタ・ショック』の時、『アスベスト・中皮腫外来』を順天堂大学病院で始めました。 患者さんの声に耳を傾けて、言葉で対応した経験が、『がん哲学外来』につながるのです。 2008年、『がん哲学外来』を順天堂大学病院で開設しました。『がん哲学外来』を開設したとき、来談者さんの相談は 病気に関する不安や悩みがばかりではなく、家族や職場の人間関係の心の苦しみが多かったのです。 家族・職場の悩みの原因は、患者さんに寄り添う訓練ができていないことが理由の一つであると痛感した。 また、患者さんと医師の関係も難しい問題があります。 がんになって不安を抱えている患者さんにとって、本当に必要なのは医学的な情報だけではなく、悩みを話せる相手なのです。】と答える。

 

『がん哲学外来』は、『暇げな風貌』と『偉大なるお節介』がモットーである。脇を甘くして 付け入る隙を与えなければ、患者の心は開きません。  懐の深さを示して その場で感動を与える。 人生から期待される役割や使命に 気付いてもらう。 そして、『先人の言葉』をさりげなく語る。 それが『言葉の処方箋』である。 まさに、【『初めに、ことばがあった』&ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。』】の実感である。


 
 
 

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