第510回 『金言を紡いで』〜『私たちの心は うちに燃える』〜
- 樋野 興夫先生

- 7月14日
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2026年7月13日 順天堂大学に赴く。 順天堂大学医学部教授就任した2003年 筆者の最初の本『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年 発行:イーグレープ/発売:いのちのことば社)が発行されたことが鮮明に思い出される。 筆者は、癌研究所実験病理部部長の時代、今は亡き原田明夫氏 (1939-2017:元検事総長・東京女子大学前理事長)と【2000年『新渡戸稲造(1862-1933)武士道100周年記念シンポ』(国連大学)& 2002年『新渡戸稲造生誕140年』(伊香保温泉)& 2003年『新渡戸稲造没後70年』(札幌)】を企画し、そして筆者の最初の本『われ21世紀の新渡戸とならん』が出版される運びとなったものである。
筆者は医師になり、癌研究会癌研究所の病理部に入った(1979年)。 そこで、当時、癌研究所所長であった菅野晴夫(1925-2016)先生との大いなる出会いに遭遇した。 菅野晴夫先生にフィラデルフィア(Philadelphia)の Fox Chase Cancer Center(1905年に米国で 最初の がん病院の一つとして設立された)のKnudson(1922-2016)博士の下で『Scienceを学んでくるように』と留学(1989年)の機会が与えられた。『自分の身長が伸びた』留学体験であった。 菅野晴夫先生から1991年に癌研実験病理部部長として、帰国するようにと指示を下さった。 2000年新渡戸稲造『武士道』発刊100周年シンポでの講演もして頂いた。
筆者が【キリスト新聞『21世紀へのエマオの道 〜 先人の志を継承しつつ 〜』】のタイトルで1年間連載したものを、2005年『われOrigin of fireたらん 〜 がん哲学余話 〜』(to be 出版)が発行された。 筆者は、Fox Chase Cancer Centerに留学時代、 週末には wifeの両親が住んでいたエマオ(Emmaus, アメリカのペンシルベニア州)に訪問したものである。『エマオへの道:エルサレムから11キロメートル余り離れたエマオという村に行く途中であった。―――、私たちの心は うちに燃えていたではないか。』(ルカによる福音書24章13〜35節)】とある。『生きることの根源的な意味』を実感する日々である。
7月14日は岐阜県の中部学院大学・短期大学部での講演【『がん哲学外来へようこそ』〜 偉大な先人たちの金言を紡いで患者さんを支える 〜】に赴く(添付)。




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