第525回 『教育の原点』 〜 生涯に影響を与える インプリンテイング 〜
2026年9月30日 『ひばりヶ丘駅 → 池袋駅 → 日暮里駅 → 京成酒々井駅』から、『順天堂大学さくらキャンパス』(千葉県印西市)で 医学部1年生(137名)への講義『がん哲学』に赴いた。 筆者は、『卒業後 1人でも、病理医になると良いですね!』と語った。 複数の質問も寄せられた。 真摯な学生の姿勢には、大いに感動した。 大変、有意義な充実した時となった。
【筆者の母は、島根県出雲市大社町鵜峠の自宅に於いて、安らかに 96歳(1923年2月20日〜2019年6月3日)の天寿を全うした。 母の兄達は、太平洋戦争で戦死し、末っ子の母が我が家を継いだ。 そして、祖父から、『家を興(おこ)す=樋野興夫=ひのおきお=Origin of Fire』と命名されたと、膝に抱かれて聞かされた幼年時代の想い出が鮮明に脳裏に蘇る。 鵜峠は、無医村で小学校も中学校も廃校になった。 現在では人口約30名、60%の空き家である(添付)。 母に背負われて、隣の村の診療所に行った体験が、脳裏に焼き付いている。 筆者の誕生の年の母の元旦の夢が『富士山』であり、幼児の時から『富士山子』と母に励まされたものである。幼年時代のインプリンテイングは 生涯に影響を与えるものである。 これが、『教育の原点』となろう! そして3歳にして医者になろうと思った】(添付)と述べた。
今回、講義の準備して頂いた事務部教務課 持田壱織氏から、早速、【樋野 先生 本日はご多忙の折、医学部1年生へ向けてのご講義をいただき 誠にありがとうございました。―― 多くの学生が 先生のお話に熱心に耳を傾けている姿が 大変印象的でした。 これをきっかけに、病理医を志す学生も生まれるのではないかと存じます。 樋野先生が 出雲高校の大先輩であられると伺い、大変光栄に存じました。 私自身、同じく日本海沿いの、出雲市平田の小伊津町生まれであり、過疎化が進む地元を案じる日々でございます。 まもなく出雲駅伝が開催されますが、順天堂大学の活躍によって 地元・出雲が活気づくことを心より楽しみにしております。】との心温まるメールを頂いた。 大いに感服した。
『人知を超えて、時は進んでいる』を実感する貴重な講義の日となった。



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