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執筆者の写真樋野 興夫先生

第96回 シュヴァイツァー & トゥルニエ に学ぶ 〜『生命への畏敬』&『人格医学』〜

 新渡戸稲造記念センターに赴いた。「シュバイツアー と ポール・トウルニエ」の読書時間ともなった。 コロナショックで自粛の時「読書の重要性」の再認識ともなった。

アルベルト・シュヴァイツァー(1875〜1965)は、「30歳から ストラスブール大学医学部入学、38歳で 医学博士の学位を取得。41歳の時、医療施設に困っていた カボン(当時 フランス領赤道アフリカの一部)のランバレネに 旅立つ。 医療活動も 第一次世界大戦などによって中断され、ガボンが フランス領であったために ドイツ国籍であった シュヴァイツァーは 捕虜となり、ヨーロッパへ 帰還させられる。保釈後 ヨーロッパ各地で講演し、シュヴァイツァーの活動が 次第に世間に知れ渡るようになる。 医療奉仕活動が評価され、1952年度のノーベル平和賞を受賞する。」と紹介されている。 内村鑑三(1861-1930)も紹介している。 アフリカでの医療活動は『生命への畏敬』の実践であった とのことである。

ポール・トゥルニエ (1898-1986)は、スイスの精神科医で、「医者と患者の人格的なふれあい」を重視し、『人格医学』の提唱者であったとされる。 筆者は医学生の時『聖書と医学』を1975年 通読した。 1977年来日の時、聴講もした。『医師の2つの使命』については、ポール・トウルニエ から学んだ。

① 「学問的、科学的な責任」で、病気を 直接治療する —→ 学者的な面

② 「人間的な責任」で、手をさしのべる ―→ 患者と温かい人間としての関係

筆者の授業は、普通は、半分の学生は寝るものである。 コロナショックの今、学生から「顔を観て、声を聴き、質問も出来る授業をして 欲しいと意見が多数寄せられた」との 知らせを頂いた。「先生に 見守られながら、安らかに眠りたいのでしょう」、「生徒さん自身の存在が 不在になり、寂しいのかもしれませんね!」、「樋野先生の講義を、生徒は聴きたい、必要としているのだと思います。― 樋野先生にしか出来ない講義。] 、「本気で寝てなくて 寝たふりだったからー」などなど、暖かい励ましのメセージを頂いた。感激した。



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